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津波の爪あと
miyako01

みなさま、こんばんは。

震災からもう3週間がたとうとしています。


私の実家は、宮古市でも海から数KM離れており、

繁華街まで押し寄せたという津波も、

ほんの数十M差で、被害はまぬがれ、

ライフラインもしっかり復旧して、

元の生活を取り戻しつつありますが、

としぼ~の実家のあった鍬ヶ崎地区は、

もっとも壊滅的な被害を受けたところで、

未だに、ライフラインはSTOPしており、

避難生活を余儀なくされてる方が多いようです。


私のいとこも、家が流され、

浄土ヶ浜パ~クホテルに避難していますが、

食生活がかなり悲惨な状態と聞いています。

小さなおにぎりと果物、飲み物・・・。

他の避難所は炊き出しなども行われてるのに、

差がありすぎるのだとか・・・。

父が、様子を見に行って絶句していました。

11日に、シ~アリ~ナに集約するそうなので、

食生活が少しでも、改善してくれればと思います。



ところで、先日、義弟一家が、

実家の様子を見に行ってきてくれました。

何枚かフォトを送ってくれたのですが、

あまりの惨状に言葉もありませんでした。

向かって右側が宮古湾、そして左奥に浄土ヶ浜大橋が見えますが、

その下は、蛸の浜という浜になっています。

津波は両方から押し寄せたそうです。

まさかはさみうちに合うなんて・・・。

その蛸の浜のすぐ上に、心公院というお寺があって、

かなり高い場所にあるはずなんですが、

大津波はその坂をものすごい勢いで下ったのだそうです。

ドックで修理されていた、漁船や観光船もそのまま・・・。


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このフォトの真ん中あたりが、実家のあった場所です。

土台だけ残して、もはや何もありません。

ここの町内は全ての家が流されてしまいました。

逃げ遅れた方はそんなにいなかったそうなので、

よかったですけど・・・。

海に近いので、地震が起きたら、

すぐ避難するという体制ができていたのでしょうね。


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ここの右手は、玉木屋さんというス~パ~だった場所。

実家から2分もかからなくて、近くて本当に便利でした。

お盆に帰ると、しょっちゅう買い物にでかけていたんです。

ガレキの山と化してて、ため息しかありません。

いろいろなことが全て、思い出になってしまいました。


hanabi

昨年のお盆に、家族みんなで見た宮古湾の花火大会。

最後になってしまいました。(ρ_;)

あの時は、こんなことになるとは、思いもしなかったのに・・・。


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テーマ:東北地方太平洋沖地震 - ジャンル:ニュース

【 2011/04/03 21:02 】

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